VUCAワールド、つまり「未来が予測不可能な時代」に突入したことで、企業にとって「変化にどれだけ俊敏に対応できるか」ということが、非常に重要になってきました。従来のトップダウン、かつピラミッド型の組織では
現場での変化を上長に報告
↓
↓
その上長が、自分の上長に報告
情報が経営層までたどり着いたところでじっくり議論、対応策を決定
↓
その決定が上から現場におりて来る
といった形で、「変化」に対応するプロセスに時間がかかり、決定が現場に降りてくる頃にはもうすでに状況が変わっている…という問題がありました。
そこで新しい組織の形として注目され始め、SpotifyなどのIT企業から、INGグループなどの数万人の社員を抱える総合金融機関までが採用しているのが「アジャイル組織」です。McKinsey and Comany が実施した「McKinsey Global Survey(ビジネスリーダー2,500人への調査)」によると、回答者の75%の優先事項のトップ3に「組織のアジャイル化」が入っていることが判明しています。今回はこのアジャイル組織について、詳しく書いていきたいと思います。
※本記事は、以前に弊社ブログに掲載したこちらの記事を、加筆した上で一部転載しております。
目次
- ビジネスにおけるアジャイル・アジャイル組織とは?
- アジャイル組織が注目される背景
- アジャイル組織の特徴と共通点
- アジャイル組織のメリット・デメリット
アジャイル組織に移行するための5つのポイント
「アジャイル」とは、「俊敏」や「素早い」と言った意味をもつ英単語です。ですのでアジャイル組織とは、一言でいうと俊敏性がありスピード感に優れた組織ということになります。もともとアジャイル組織とは、ソフトウェア開発で用いられているアジャイル開発の概念を、エンジニアだけでなく組織全体に適応させたものです。アジャイル開発と対をなすのは、ウォーターフォール開発という考え方です。
ウォーターフォール開発では、要件定義からリリースまでプロジェクトを緻密に計画し、その計画に従って進行します。要件定義からリリースまでの期間が比較的長く、年単位にも及ぶため、企画からリリースまでの間にニーズのずれが起こったとしても、それに対応することはできません。つまり、変化が早いこのVUCAの時代には適していないと言えるでしょう。
一方でアジャイル開発は、要件定義からリリースまでの期間を短くし、たとえば小さくともまずはユーザーに価値を提供します。
そこからユーザーのフィードバックを受け、ニーズを特定し、再び開発し、リリース。このサイクルを素早く繰り返します。最初のリリースでは大きな成果は出ませんが、最終的には顧客のニーズとマッチした大きな価値を生み出すことになります。
この考え方を、組織全体にスケールさせたものがアジャイル組織です。
※参考記事:Comparing Agile and Waterfall CRM Implementation Methods
アジャイル組織への移行が求められるようになったのは、変化が激しい競争環境になったことが最も大きな理由です。1900年代初頭から広がった中央集権型の組織は、フレデリック・テイラー氏が提唱した「科学的管理法」が起源と言われています。素晴らしい組織形態ではありますが、100年を経て、企業を取り巻く競争環境が大きく変わっています。特に破壊的テクノロジーの出現により、ある業界の競争のルールが一気に変わるといったことが起きています。例えば、Uberが自動車業界に現れ、Mobilityの概念が変わってしまうなどの事象です。実際、世界の時価総額の上位は、短い期間で大きく入れ替わるようになりました。2008年と2018年の世界の時価総額トップ10の比較が以下です。
このような世の中では、変化に適応できない企業は生き残ることが難しく、組織の柔軟性や変化への適応力が求められるようになっているのです。
次に、アジャイル組織の特徴を説明します。
アジャイル組織は、権限と責任が備わったチームによるフラットなネットワークで構成されています。例としてよく取り上げられるSpotifyやINGグループの組織は、下記のように「部隊(Tribe)」や「分隊(Squad)」で構成される構造を持っています。
Squad(分隊)というチームを基本単位として運営が行われますが、Squadの特徴は以下です。
▼Squad(分隊)の特徴
・9人以下のスタートアップのような雰囲気のチーム
・Tribeの優先順位を鑑みて、目的、権限、責務が設定される
・単独で顧客に価値を提供できる「End to Endの単位」で区切る
・プロダクトオーナーが設置され、仕事の優先順位付け、プロジェクトマネジメントを行う
そして、Squadがいくつも集まり、Tribe(部隊)となります。Tribeの特徴は以下です。
▼Tribe(部隊)の特徴
・Squadの集合をTribe(部隊)と言う。
・最大150人の規模。(Spotifyでは100名以内としているそうです)
・Chapter、Tribe Lead、Agile Coachという役割を設置し、アジャイル型のワークスタイルが成り立つよう支援している。
Tribeの規模の目安は150人です。これは、ダンバー数という、人間が安定的な関係を維持できる数を元に決められています。Tribe Leadは、Tribe内の優先順位を決めたり、予算をSquadに分配します。また、他のTribeとの情報共有を行います。また、TribeやSquadの他に、ChapterというSquadを横断した職種ごとのグループがあり、ナレッジの共有を行います。Chapter Leadは、各メンバーのコーチングやパフォーマンス・マネジメントを行います。
▼Chapter(支部)の特徴
・Squadを横断した職種ごとのグループで、ナレッジの共有を行う。
・Chapter Leadは、各メンバーのコーチングやパフォーマンス・マネジメントを行う。
このような仕組みにより、それぞれのチームの役割を明確にすることで、高いパフォーマンスを保っています。
アジャイル組織における北極星とは、組織における目的や、ビジョンのような「行動の指針になるもの」です。変化を感知してからすぐに意思決定と実行がなされるアジャイル組織では、組織としての一貫性と焦点を保たなければなりません。そのために、従業員が心から共感できるMVV(Mission, Vison, Value)をつくり、組織全体に浸透させる必要があります。
アジャイル組織では、変化に適応するために学習を重視します。壮大で完璧な計画をするのではなく、コアの価値を素早く顧客に届け学習する、俊敏性の高い仕事が求められるのです。企画、実行、学習のサイクルを継続的かつ、スピード感をもって反復することが一番大事だということが、アジャイル組織の最大の特徴の1つです。
アジャイル組織では「メンバーを完全に信頼し、組織の目的とビジョンのために組織を牽引することを疑わない」ことが本当に効果的なリーダーシップであり、メンバーのエンゲージメントを高めると言われています。これまでのリーダーにとっては「タスクを指定し、常にメンバーの業務をコントロールする」ことが当たり前だったと思いますが、アジャイル組織は、従来の組織のように上司がマネジメントをする、という組織ではありません。その代わり、Chapter leadがコーチングやパフォーマンス・マネジメントを行います。これは、メンバーの成功にコミットし、立て直しをする「ピープルマネジメント」と言えるでしょう。
既存の組織とアジャイル組織では、テクノロジーの役割に大きな違いがあります。アジャイル組織でのテクノロジーとは「組織の特定のフィールドを、サービスやプラットフォームなどを用いてサポートするもの」ではなく「ステークホルダーのニーズに素早く対応するために、組織のあらゆる側面をシームレスに統合してくれるもの」です。例えばリアルタイムのコミュニケーションツールやタスク管理ツールを有効的に活用し、継続的な素早い二週間単位でのソフトウェアの市場へのリリースを実現します。
※参考記事:The five trademarks of agile organizations
会社の規模やフェーズ、扱っているサービスや商品、販売チャネル等により、ベストな組織構造は異なります。ですので、アジャイル組織が常に最適な解であるとは限りません。アジャイル組織のメリット・デメリットを理解したうえで、自社にあった組織を作っていきましょう。
- ・柔軟性と適応力
・組織の健康状態の向上- ・パフォーマンス向上
- ・エンゲージメント向上
柔軟性と適応力:最新の顧客のニーズを感知し素早く対応できることは、アジャイル組織の強みであると言えます。
組織の健康状態の向上:マッキンゼーの研究では、組織の健康を4つのレベルに分けたとき、アジャイル組織では70%のメンバーが一番良い健康状態であるということを明らかにしました。
パフォーマンス向上:上記の研究では、組織のアジャイル化はパフォーマンスにも大きな影響があると言われています。特にナレッジ共有、外部のアイデア取り込み速度において特に秀でています。
エンゲージメント向上:アジャイル組織の大きな特徴のひとつに「共感されるバリュー」と「メンバーを奮い立たせるようなリーダー」があります。さらにメンバーは明確なロールを与えられるため、当事者意識を持つことができ、エンゲージメントが向上します。
・アジャイル化の難しさ
・顧客との密なコミュニケーションが必要
・明確な終わりがない
アジャイル化の難しさ:アジャイル組織への変革をするときにベストな方法というのは、その組織が今現在どのような状況にあるかにって変わります。組織構造自体が大きく変わるため、慎重に進めなければなりません。
顧客との密なコミュニケーションが必要:アジャイル組織では時間とともに変わり続けるニーズを常に顧客から吸い上げることが必要になります。また、これから大きくなるニーズを知るためには、顧客が求める小さな声も傾聴するしかありません。これには莫大な時間と労働力がかかりますが、アジャイル組織における基盤となります。
明確な終わりがない:大きな計画を緻密に設計し、開発、リリースすることで終了する今までとは違い、常に新しいサービス、プロダクトをリリースし続けるアジャイル組織は、明確なプロジェクトの終わりがありません。常により良いサービス、プロダクトを求め続けるマインドセットが必要になります。
アジャイル組織に移行する上で重要なポイントは様々ですが、特に重要なポイントを挙げます。
① 非中央集権化への意思決定
② 素早い学習サイクル
③ End to Endの単位での組織設計
④ パーパス(目的)ドリブン
⑤ パイロットチームからのスタート
アジャイル組織は、変化への適応を前提として設計される組織であり、中央集権型の組織と組織形態や運営哲学が異なります。中央集権型の組織形態のまま、権限を分散したり、アジャイル型の仕事の進め方を一部取り入れてもあまりうまくいかないようです。中央集権型の組織から、組織形態を変更するトップの意思決定が必要です。
また、マッキンゼーはアジャイル組織への理解と向上心を高めるには、アジャイル変革を行った企業を訪問することに勝るものはないと言っています。例えば、Spotify、ING、TDC(デンマークの電気通信会社)、Entel(チリの電気通信会社)などを訪問することができれば、実際のアジャイル組織の生の声を聞くことができるでしょう。
アジャイル組織では、変化に適応するために学習を重視します。壮大で完璧な計画をするのではなく、コアの価値を素早く顧客に届け学習する「俊敏性の高いアジャイル型の仕事」が求められます。「経験のある優秀なメンバーが緻密な計画をたて、ゴールを設定し、それに向かい、リスクを最低限に抑えて実行する」というマインドを捨て、「自分たちは常に変化し続ける世界で仕事をしていて、未来を予測することはできない。リスクを最低限に抑える方法は、未来の不確実性を受け入れ、新しいことに最大限のスピードと生産性で挑戦し続けること」というマインドセットにシフトしなければいけません。
開発の領域だけでなく、バックオフィスなども組織のすべてに、学習を重視するアジャイル型の仕事を浸透させる努力が必要です。バックオフィスなど従業員にサービスを提供するチームの場合は、顧客=従業員と捉えると良いと思います。
End to Endとは、アイデアを考え顧客に価値を届けるまでの最初から最後までという意味です。組織として、素早い学習サイクルを担保するためには、アイデアから価値提供までを自律的に判断し、許可を取らずに迅速に実行できることが重要です。そのため、Squadなど組織構造を設計する際に、End to Endを意識しなければなりません。そして、各Squadには目的、権限、責務が設定されます。End to Endで分割するので、チームにはエンジニア、デザイナー、マーケター、営業、など価値を届けるために必要なメンバーがアサインされます。
End to Endで分割されたチームが自律的に動くためには、パーパス(目的)を明確にし、パーパスドリブンで動くことがとても重要です。組織全体の目的から、各Tribeの目的が設定され、それを元にSquadの目的が設定される。目的が曖昧だと、各Squadが自律的に動けなくなってしまいます。そのため、ミッションやビジョンが神棚に置かれている状態を脱却し、会社のメンバーが熱意を持って前進できるような魂のこもったミッションやビジョンが策定・運用されることが求められます。
アジャイル組織に移行する上では、パイロットチームでの施行後に組織にスケールさせることを繰り返していきます。
パイロットチームは限定的なチームでアジャイルな働き方を実証し、実際の成果を検証するものです。ほとんどの企業では、複数のパイロットチームを編成することで幅広い分野でのアジャイル化におけるポテンシャルを見ることができます。また、経営陣の不安もここでのパイロットチームでの成果によって払拭することができます。
重要になってくるのは、パイロットチームの範囲と現実的なゴール、責務、権限を設定し、構造、プロセス、人材などに因数分解し、アジャイルパイロットがどのように実行されるか明確にすることです。
また、アジャイルチームを増やすにもしっかりとした段階をふむ必要があります。ある程度の大きさの企業だと全ての組織改革を一度に行うことはできません。アジャイル変革を失敗する企業の多くが、この「拡大」フェーズで失敗します。アジャイルパイロットのチームが成功しているため、周りのメンバーも同じことができると思うかもしれません。しかし、構造やプロセスなどばかりに目がいってしまい、一番重要なマインドセットが十分に浸透しないとアジャイル変革は失敗します。マネージャー層から時間をかけてピープルマネジメントを行い、組織の隅々までに計画よりも学習を大事にするマインドセットを浸透させなければなりません。
例えば、9ヶ月の計画をたて、最初の3ヶ月で10の部隊と150の分隊をつくり、その後に2週間ごとに1つの部隊を編成する…といった具合に、じっくりと時間をかけてアジャイルチームを増やしていくことが有効だと言われています。
いかがでしたでしょうか。今、世界的に注目を集めているアジャイル組織ですが、導入は簡単な道のりではありません。しかし、より時代に合った変化に強い組織を作っていくために、参考になる部分も多くあるかと思います。弊社では、アジャイル組織に近い自律分散型の組織「ホラクラシー」を導入しております。そちらに関しても、興味のある方はぜひご覧くださいませ。