※本記事はRELATIONS株式会社からの寄稿記事です
現代はVUCA(※)と呼ばれる、「変化が激しい時代」であると言われています。例えばそれを示す数字として、「サービスのユーザーが5,000万人に到達するスピード」が大幅に短縮されてきています。
下記の図を見るとわかる通り、飛行機が64年かかったのに対し、Facebookは4年、Pokemon Goに至っては0.05年で5,000万ユーザーに到達しています。
※参考:VISUAL CAPITALIST「How Long Does It Take to Hit 50 Million Users?」
このような変化が激しい世の中では、従業員1人ひとりが時代の変化を感じ取り、会社の戦略やアクションに変化を反映させていくことが求められています。
しかし、旧来のピラミッド構造の組織の場合、経営のトップが変化への対応を決め、それを末端まで浸透させていきます。するとどうしても、変化への対応スピードが遅くなります。
この文脈で注目され、導入企業が増えている組織管理の手法が「ホラクラシー(Holacracy)」です。ホラクラシーは自律的に変わり続ける組織体であり、それゆえ、変化に強いという特性を持ちます。
この記事では、ホラクラシーの概要や導入のステップについて、徹底的に解説します。
1, 自律的に変化し続ける組織「ホラクラシー」とは
2, ホラクラシー上の役割「ロール(Role)」とは
3, 組織構造を支える「サークル」「4つのロール」
4, 会議体①:組織構造の「ひずみ」を解消するガバナンスミーティング
5, 会議体②:オペレーションのひずみを解消するタクティカルミーティング
6, ホラクラシーを導入しやすい組織
7, ホラクラシー導入の4ステップ
ホラクラシーとは、2007年に生まれた、組織を管理運営する新しい手法です。提唱者は「HOLACRACY 役職をなくし生産性を上げるまったく新しい組織マネジメント」の原著者であるBryan.J.Robertson氏。
ホラクラシーは目的に向かって自律的に変化し続ける組織であり、よく都市に例えられます。
ある都市に「需要に対してイタリアンを食べるところが少ない」という問題があったとします。このような状況であれば、おそらく誰かがイタリアンレストランをオープンします。つまり、都市は自律的に変化し続けます。
都市と同様、ホラクラシーも組織内に現状と理想のギャップ(ホラクラシーでは「ひずみ(Tension)」と呼ぶ)があった時、自律的に変化が起きます。
例えば「新入社員が組織にうまく溶け込めていない」という問題があったとします。
通常の組織では、担当のマネージャーにヒアリングを行ったり、年に1回の配置替えを待って人事部のメンバー数を増やしたり、といったことで問題を解決しようとします。
しかしホラクラシーの場合、即座に「新入社員のオンボーディングのための役割」が新しく設置され、そこに人をアサインすることで問題を解決します。
このように、ホラクラシーでは自律的に組織構造が変化していきます。そんなホラクラシー組織の特徴をかなり大雑把にまとめると、以下の2点になります。
・「人」ではなく「役割」で組織を組成することで、権限を分散する。
・意思決定プロセスのすべては、「ホラクラシー憲法」というルールに則る。
では、詳しく解説していきます。
ホラクラシーは旧来のピラミッド型の組織と異なり、円形で表現する「ロール(Role)」で組織が表現されます。
旧来の組織が「役職単位」で組織を管理していたのに対して、ホラクラシーでは「ロール単位」で組織を管理していきます。
弊社のホラクラシー構造を、参考として載せておきます。
弊社での私のロールの一部は、下記のように定義されています。
・Wistant_フィールドセールス(一部)
・Wistant_マーケティング(一部)
・Wistant_利用規約
・コンプライアンス
・フィードバック
・ホラクラシー
・予算管理
・事業の進退
・全社戦略
・立て替え経費
・評価の最終確定
・評価制度(業務委託)etc...
通常の組織では、1人ひとりに何かしらの役職が設定されても、ここまで細かく役割が定義されることはありません。ですがホラクラシーでは、このように組織に必要な役割が分解され、ロールとしてそれぞれに人がアサインされていきます。
各ロールには、目的、権限、責務が設定されます。例えば「全社戦略」というロールには以下のような目的、権限、責務が設定されています。
ロール名 | 全社戦略 |
目的 | ミッションに最短で到達するための全社戦略を策定すること。 |
権限 |
・全社戦略の決定権 |
責務 | ・全社戦略を策定する。 ・全社戦略に関してメンバーのフィードバックを受けながらブラッシュアップする。 ・全社戦略を浸透させる。 |
従ってホラクラシーでは「あなたには◯◯を期待していたのに」「そんなことは聞いてません」といった「ズレ」が非常に起こりにくくなります。
複数のロールを有するロールは、ホラクラシーでは「サークル(Circle)」と呼ばれます。サークル自体も、ロール同様に目的、権限、責務が設定されます。
サークルは複数のロールからなり、そのロールを埋めている人は全員、そのサークルのメンバーとなります。
サークルの人数が増えてきた場合、そのサークル内のロールをサークルに拡張することができます。この場合、元のサークルのことを「スーパーサークル」と呼び、新しくできたサークルをその「サブサークル」と呼びます。
そしてホラクラシーのサークルには、必ず(※ホラクラシー組織全体を指す「General」サークルを除く)以下の4つのロールが含まれます。
リードリンク( Lead Link) | ・サークルの戦略(方向性)、指標、優先度を提示する。 ・能力、希望等を勘案し、各ロールにメンバーを任命する。 ・サークルの持つリソースを、サークル内のロールに割り当てる。 |
ファシリテーター(Facilitator) | ・憲法で定義された会議を憲法に則って進行する。 |
セクレタリー(Secretary) | ・サークルに必要と定められた会議を設定する。 ・会議の記録を取る。 ・要請に応じて、ガバナンスと憲法の解釈をする。 |
レップリンク(Rep Link) | ・サブサークルがスーパーサークルによって制限されたり妨害されたりすることを阻止する。 ・スーパーサークルに、サブサークルの健康状態をKPIレポートなどを通じて通知する。 |
リードリンク(Lead Link)は、通常の組織で言えば事業部長のようなものです。ただし、明確に責務が決まっており、戦略の明示とリソースの獲得、アサインが主な責務です。
ファシリテーター(Facilitator)は、後述するホラクラシーの2つの会議の進行を行います。ホラクラシーのガバナンスはそれら2つの会議の運営で成り立つので、重要なロールです。
セクレタリー(Secretary)は、サークルの公式の記録と記録管理のプロセスを安定させることが役割です。
レップリンク(Rep Link)は、所属しているサークルとその上位サークルであるスーパーサークルの橋渡しをします。
もし、これらの4つのロールがなければ、人のアサイン権限が不鮮明になり、ロールに人をアサインできなくなるかもしれません。また、ホラクラシーを進めるための会議が実施されなくなり、組織のガバナンスが崩壊します。
では次に、ホラクラシーを支える2つの会議体について解説します。
ホラクラシーでは、各サークルが実施しなければならない会議が2つあります。1つはサークル内の構造に関するひずみを解消する「ガバナンスミーティング(Governance Meeting)」です。各サークルごとに、月1回行うことが推奨されています。
通常の組織では、年に1回の配置換えのタイミングにトップダウンで組織の構造が変わることが多いです。
それに対してホラクラシーでは、各サークルが月に1回ガバナンスミーティングを実施し、サークル内の構造を自律的に変更できます。
ガバナンスミーティングでは以下のような構造の変更ができます。
・ロールの新規作成・削除
・ロールの目的の編集
・ロールの権限の編集
・ロールの責務の編集
当該サークルに与えられている権限の範囲内で、サークル内のロールに自律的に変更を加えていくことが可能です。
例えば弊社では、ガバナンスミーティングを通じて社内の横断プロジェクト「チームヘルシー(社員の健康を促進するチーム)」がサークル化されたり、事業部を横断していたエンジニアサークルが事業サークルに吸収されたり、といった変化が起こりました。
ガバナンスミーティングでは、会議の参加者は誰もが組織構造に関する提案ができます。ファシリテーターは、以下の手順で提案をサポートします。
Step1:チェックインラウンド
ミーティングに集中するため、参加者が1人ずつ、自分の思いや状況を述べる。他の人の発言は禁止。
Step2:管理上の連絡事項
ファシリテーターが言及するに値すると判断すれば、管理上、事業上の話題を共有してもよい。
Step3:アジェンダ(議題)構築
アジェンダは事前ではなく、会議中に作られる。下記の「統合的意思決定プロセス」を用いて、アジェンダを構築する。
①提案フェーズ | 提案者(参加しているメンバーであれば誰でも良い)が、現在抱えている「ひずみ」を説明し、それを解決する案を提案する。 |
②質問フェーズ | 参加者は、提案者に対して質問をする。このときにディスカッションを行ったり、参加者の意見を述べてはいけない。質問が出なくなるまで続ける。 |
③リアクションフェーズ | 提案者以外の参加者が1人ずつ、提案に対してリアクションを共有する。自分の番以外では発言しない。 |
④変更フェーズ | 提案者は参加者のリアクションを受けて、提案の変更を行うことができる。 |
⑤反論フェーズ | 参加者は、提案に対して反論がある場合は1人ずつ反対意見を述べる。この間、反論者とファシリテーター以外の発言は許されない。 |
⑥統合フェーズ | 反論が有効な場合、ファシリテーターはその反論を解決するような新しい変更案を提案する。反論者がその提案を認めれれば、その変更案は可決される。 |
Step4:クロージング
参加者は1人ずつ、ミーティングを通して思ったことをシェアする。
このような手順によって組織の構造が変わっていくので、例えばCEOやCOOのような人が思いつきで「この構造を〜にしてくれ!」と言うこともできません。しっかりとガバナンスミーティングで提案して、承認される必要があるのです。
一方で、スーパーサークルのリードリンクがサブサークルのリードリンクを指名することができるので、究極的には人を変えて暴走を防ぐことはできます。
もう1つの会議は、各サークルが目的に向かって仕事を進めるオペレーション上で生じた「ひずみ」を解消する「タクティカルミーティング」です。各サークルごとに週1回行うことが推奨されています。
前述しましたが、ひずみとは、現状と理想のギャップのことです。ホラクラシーでは、これをゼロにすることを目指します。
タクティカルミーティングは比較的普通の会社の会議と近く、以下の流れで行います。
Step1:チェックインラウンド
ミーティングに集中するため、参加者が1人ずつ、自分の思いや状況を述べる。他の人の発言は禁止。
Step2:チェックリストレビュー
チェックリストとは、「やったか/やっていないか」で回答できるリストで、ルーティンワークに近い。チェックリストを作成するのはLead Linkの責務であり、タクティカルミーティングにおいては担当者が「チェック/ノーチェック」を報告する。議論はできず、参加者は明瞭化のための質問だけはすることが可能。
Step3:メトリクス(指標)のレビュー
メトリクスとは、サークルのヘルスチェックのために測定する数字で、例えば事業のKPIなど。メトリクスを作成するのはLead Linkの責務で、各メトリクスに対して見るべき頻度と、それを報告するロールを設定する。議論はできず、参加者は明瞭化のための質問だけはすることが可能。
Step4:プロジェクトのアップデート
プロジェクトとは、あるロールから他のロールに「求めたい成果」を定義したもの。タクティカルミーティングでは、各プロジェクトについて、担当するロールが「前回からの差分」を報告する。各ロールには「透明化の義務」があり、自分が行っているプロジェクトについて明確にしなければならない。参加者からプロジェクトについて質問をされれば、回答する必要がある。
Step5:アジェンダの構築
アジェンダとは、ひずみを解決していくための提案。参加者が自由に提案することができる。この場では、出たひずみを解決するのではなく、方針を決めて終わる。ファシリテーターは提案者のひずみを解消するのを手伝う。多くの場合、次アクションが決定されたり、新しいプロジェクトが立ち上がることが方針となる。
Step6:クロージングラウンド
参加者は1人ずつ、ミーティングを通して思ったことをシェアする。
ポイントは、サークルが健全に回っているかを表す指標などを確認する時間と、議論をする時間が明確に分けられている点です。
弊社RELATIONSは2019年7月頃からホラクラシーを導入したのですが、比較的スムーズに組織へ浸透していきました。それは以下の条件が整っていたからだと考えています。
1, 経営陣の権限分散への意思
2, 適材適所への問題意識
弊社は2017年にミッションを刷新し、自律的な組織に向けて権限の分散をより推進していくことを決めました。(※参考記事はこちら)
それに従って、当時、私も在任していた取締役も撤廃(法律上の代表取締役だけ残す)しました。つまり、経営陣が役職に対するこだわりがなく、権限分散を形だけではなく本気でしようという意思があったと言えます。
ホラクラシーを導入するにあたっては経営陣に「本気で権限を分散していきますか?」と問うことが重要です。
弊社でもかつては、役職に暗黙知の責務がひもづいている時期がありました。例えば、事業責任者が「経費の承認を行う」「ピープルマネジメントをする」といったことです。
ただ、事業責任者は事業の中長期のビジョンを描いたり、戦略を策定することに長けているかもしれませんが、「人の成長に寄り添うピープルマネジメント」は不得意…といったケースもあります。
それにより、組織的な問題が起きたことがあり、役職単位では適材適所が実現できないという問題意識がありました。
それによって、ホラクラシーのロール単位での人のアサインという考え方に、比較的違和感がなかったのかもしれません。
ホラクラシーだと「中長期戦略」「経費の承認」「ピープルマネジメント」といったロールを作り、それぞれ違う人がアサインされても問題ないのです。
適材適所への問題意識がある組織はホラクラシーを導入しやすいと思います。
ホラクラシーの運用は、スポーツのようなものとよく言われます。ルールを細かく頭で理解するよりも、まずは体感することが重要です。
ホラクラシーを運用するためのholaspirtというツールがあるので(弊社でも使っています)、まずはそこに現在の組織を登録してみましょう。
ただ、このツール上には、ロールやサークルを作るためのボタンはありません。これは「ロールの作成はガバナンスミーティングでしか行えない」という憲法を遵守せざるを得なくするためです。ロールを作成したければ、ツール上でガバナンスミーティングを開催し、そこで承認される必要があります。
このように、ツールを使うことで憲法をなんとなく体感し、理解することができるので、まずはツールを使ってみましょう。
ホラクラシーを導入する際は、一気に組織全体でスタートするより、一部のサークルから徐々に広げていく方がスムーズです。
特にガバナンスミーティングは通常の組織にはないもので、提案プロセスも少し複雑です。最初は取っつきづらいので、タクティカルミーティングを週に1回実施するところからスタートしましょう。
それにあたっては、まずはサークルのリードリンクを決め、現状追っている指標やプロジェクトを登録してもらいましょう。
それを元にタクティカルミーティングを開催し、慣れてきたらガバナンスミーティングも実施します。
ホラクラシーを一部のサークルで運用していると、自然とそのサークルのメンバーはホラクラシーに慣れていきます。
「会議はこういう流れなんだな」「ファシリテーションはこういうルールに従ってやるんだな」といったことを習得できます。このように理解が進んだメンバーをエヴァンジェリストとし、ホラクラシー未実施のサークルに派遣しましょう。
弊社では、3名のメンバーで全サークルのホラクラシー開始を分担し、2〜3ヶ月ほどで運用までの乗せました。
1人につき、4サークルほど担当を持ち、以下を実施しました。
・初回のタクティカルミーティングの設定
・初回のタクティカルミーティングの準備(指標やプロジェクトの登録)
・タクティカルミーティングのファシリテーション
・慣れてきたらガバナンスミーティングの実施
1〜2ヶ月伴走したら、各サークルのメンバーにファシリテーターとしての役割を譲ります。
Step3までで、いったん組織全体にホラクラシーが広がります。その後はファシリテーターの育成がキーになります。
ホラクラシーを運用していると、自律的に各サークル内にサークルが増えていくので、ファシリテーターの数が必要になってきます。
リードリンクやセクレタリーの育成ももちろん重要なのですが、会議の運用は肝になるのでファシリテーターの育成をまず行うことを推奨します。
ホラクラシー憲法に関するテストや実際のファシリテーションのレビューなどを行うと良いでしょう。
いかがでしたでしょうか。今回は弊社の運用法を中心にご紹介しましたが、ホラクラシーは導入の難易度非常にが高く、説明しきれなかった部分も多くあります。
基礎理解のためにも、提唱者であるBryan.J.Robertson氏の著作はぜひ読んでいただくと良いと思います。また弊社での運用の進化などは、こちらのブログで紹介させていただきます!