上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
いま、「対話」に取り組む企業が増えている。その背景には、離職防止をはじめとしたエンゲージメント向上のニーズや、働き方改革などの社会的なトレンドがある。その一方で、コロナ禍におけるテレワークの普及やハラスメント対策などの影響を受け、組織における対話の難しさを実感する企業が増加している。組織が対話を再構築するためには、どのような工夫や取り組みが必要なのだろうか。
今回は、数々の著書を通じて組織コミュニケーションを研究されてきた、パーソル総合研究所 上席主任研究員の小林 祐児氏に、対話が衰退している背景や企業課題、そして対話の再構築に向け、人事が取り組むべき具体的な方法を伺う。
まずは前編で、なぜ今、組織で対話が減少し、どんな影響を及ぼしているのかを読み解いていく。
【お話を伺った方】
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
ーー昨今、組織マネジメントにおいて「対話」の重要性が強調されている一方で、どう組織で実践すればよいのか、悩まれている人事の方が多いと感じています。この状況を、どう捉えていらっしゃいますか。
小林:私が予想していた以上に、「対話型」のマネジメントが多くの企業に普及してきています。日本に限らず世界的な潮流ではありますが、日本国内でも予想を超えて、対話の重要性が高まっています。イノベーションやダイバーシティの推進、「心理的安全性」の重視といった、社会的な流れをみてもわかりますよね。共通のルールを一方的に押し付けるのではなく、話し合って方向性を決めていこう、という考え方へ、社会が大きく変化しています。
見方を変えれば、「対話」を推進したいという経営者や人事が増えているという事実は、「対話ができなくなってきている」ということの裏返しです。私たちは、対話ができなくなっている。その背景には、コロナ禍によるテレワークの普及や懇親会の減少もありますが、それだけではなく、働き方改革やハラスメント防止の観点が大きく影響しています。様々な制約があるなか、これまで通りには対話ができない。対話が重要であることは理解しているけれど、距離を取ってしまう。
さらに問題なのは、組織でいま、「対話」への見解が分断してしまっています。「対話推進派」と「対話懐疑派」への分断です。社会に対話のトレンドがきているにも関わらず、組織では対話への意識が分断され、今後さらに深まってしまう恐れがあります。
ーー「対話推進派」と「対話懐疑派」への分断について、組織ではどのような問題が起きているのでしょうか?
小林:対話への見解の分断は、決して上層部だけに起きていることでなく、現場レベルでも着実に進んでいます。例えば「人事から1on1を実施してほしいと言われたけど、そんな時間ないよ…」という声をよく聞きますよね。上司がそう思っているだけではなく、部下からもこうした声が聞こえてきます。上層部が「対話をしようよ!」と声を上げたとしても、それだけではうまくいかない。
日本全体がいま、対話に対してとても消極的です。特定の組織で発生している問題ではありません。NHK 放送文化研究所が行った調査では、「形式的な付き合いを望む」人が数十年にわたって増加傾向にあるという結果が出ています。上司部下であったとしても、困った時に相談したり、助け合ったりするような全体的な関係性ではなく、必要最小限のコミュニケーションしかしない形式的な関係へと変化してしまっているのです。
参照:https://www.nhk.or.jp/bunken/yoron-isiki/nihonzin/data.html?q=17
私たちはもう職場で本音を話さなくなってきている。パーソル総合研究所で実施した調査でも、過半数以上の従業員が、職場でほとんど本音など話していません(パーソル総合研究所「職場の対話に関する定量調査」)。現場ではすでに、「対話」へのニーズがなくなりつつある。それなのに社会的には対話のトレンドがきていて、上層部も人事ももっと対話しなければ、と考えはじめている。現場のニーズと経営的なトレンドが大きく乖離してしまっているからこそ、組織で対話を再構築することは一筋縄ではいかない状況なのです。
ーー現場では「形式的なつきあいを望む」人が増え、ますます対話が行われなくなっているのですね。
小林:テレワークやハラスメント対策などが影響している、と先ほど話しました。それ以外にも、いくつかの心理的なリスクを感じる傾向にあればあるほど、人は社内で本音を話さなくなっていくことが、最近の調査でわかってきました。この心理的リスクを、私は「裏切り者リスク」「低評価リスク」「無関心リスク」「関係悪化リスク」と分類しています。
最も深刻な影響を与えているのは、「裏切り者リスク」です。社内の問題点や、上司や周囲とは異なる意見や本音を伝えることで、「会社に愛着がない」「転職する気があるに違いない」など、「組織の裏切り者」だと思われてしまうことへの不安です。コンプライアンスの観点でも、組織の問題点を指摘したり、異なる意見を伝える機会は必要です。それにも関わらず、裏切り者リスクを感じる傾向が強い場合は、本音が言えない、対話がなくなる、という問題に加えて、必要な情報が上層部に伝わらない、という危険な状況に陥ってしまうのです。
他にも、「自分のレベルが低いと思われそう」「評価が下がりそう」という不安につながる「低評価リスク」や、「言ってもで無視されそう」「何も変わらないだろう」と思ってしまう「無関心リスク」、「かえって関係が悪化しそう」「気まずくなりたくない」という「関係悪化リスク」があります。
こうした心理的なリスクを感じることで、人は社内では本音を話さなくなっていくのです。
ーー「対話をしないほうが、心理的にもリスクが少なくて済む」と感じてしまうのですね。
小林:それだけではありません。人は本音を喋らなくなることで、自分自身の本音への関心をも失っていきます。自分の本音に関心がなければ、他人の本音にも関心を持てない。こうして、本音への関心を失いながら、形式的な付き合いを望む人が増えていく、という悪循環に陥ってしまうのです。この悪循環の中で、「どうせ誰も自分の本音に興味なんてない」というネガティブな態度が組織内に伝染し、誰も本音で話さない職場がつくられてしまいます。
少し視野を広げた話をすると、ここ数十年で日本は核家族化や都市への一極集中が進みました。他国と比較して宗教的なつながりも薄い中で、これまでは「地縁」や「血縁」で繋がりあっていた。その縁も時代の変化のなかで失いつつあります。
そこで、唯一機能していたのが「社縁」、つまり職場を通じた人間関係だったのです。一度入社すれば、同じ組織の中で一緒に長く働く人々の絆があった。けれども、年功序列制度の衰退や転職や副業が当たり前になったいま、「社縁」までもが失われつつあります。
ーー組織での縁も失いつつある私たちは、今以上に孤立した状態に陥っていくように感じます。
小林:そうですね、孤立化はどんどん進行していくでしょう。ところが、「総オタク化」という言葉があるように、私たちの周りには一人で楽しめる趣味やWebサービスが溢れています。客観的にみると、孤立している状態でありながらも、一人で楽しく生活できてしまう。孤立しているのに、孤独を感じない人が増えているんです。この現象も、人と人が対話することが不要だと感じてしまう要因になっているでしょう。
ーーこうした対話ニーズを失いつつある状況において、組織ではどのように対話を再構築できるでしょうか?
小林:組織が成長していくためにも、これまでのルールを変えるためにも、「対話」は重要です。ただし、単に「対話をしましょうね」と強制するだけでは難しい。組織の中で対話を増やすためには、対話が自然と生まれるような「コモンセンス」を作る、増やすことが重要だと考えています。
聞きなれない言葉だと思いますが、「コモンセンス」とは、組織にいる人のほとんどが知っている「共通知識」や「暗黙知」のことです。組織における対話をつくるきっかけになるもの、対話の架け橋になるものです。
コモンセンスのポイントは、「お互いが共通して知っている」という事実があるだけでは不十分、ということです。重要なのは、コモンセンスが社員同士で「共通して知ってるだろう」と思えること。知識や信念に対するメタ知識のほうです。それがあることで、目の前の相手には話が通じるだろう、と「勘違い」できたり、「知っているはず」と思い込めます。例えば、大谷翔平のことを「相手も知っていだろう」と思えるからこそ、私たちは会議の前のアイスブレイクで大谷翔平の話題にふれることができます。単に、「知識を共有している」だけでは、それはできないのです。
ーー組織の中で共通に話題にできる情報を増やす。加えて、「みんな知っているよ」とオープンにする必要がある、ということですね。
小林:そうです。これまでは、出社が当たり前だったからこそ、「同じものを見聞きする」という物理的な条件のもと、自然とコモンセンスが形成されてきました。私たちは、他部署の営業の電話口の様子から、「顧客案件が炎上したな」という情報を得ることができ、同時にそのことを隣の人も見ているな、と思えるからです。しかし、テレワークが普及する中で、人と人が共通の空間にいる機会が減ったことで、コモンセンスを形成する機会そのものが失われつつあります。誰が何を知っているのか、よくわからない。共通の話題や何を相手が思っているかがうまく見つからない状況では、対話を始めることも、続けることも難しい。単純に「対話を増やそう」という量的なアプローチをしたとしても、組織内のコミュニケーションはうまく行かない、その理由がここにあります。
ーー組織内の対話を増やす施策として1on1を取り入れる企業も増えていますが、コモンセンスの形成という目的において、1on1をどのように活用すればよいでしょうか?
小林:1on1は、心理的安全性やケアの観点では重要な取り組みではありますが、組織全体のコモンセンス形成という観点とは切り分けて考えた方が良いでしょう。なぜかというと、1on1は「ここだけの話ができる時間」であり「心理的に安全な場」として位置付けられているため、話された内容が外に漏れないことが前提となっています。
これが1on1の良い点である一方で、情報がクローズドに扱われるため、誰が何を話したかはわからないし、知らない。心理的に安全な場である、という1on1の機能と、「新しく対話を増やす」ための取り組みは、分けて考える必要があります。または、1on1で共有された情報を他の人と共有するなど、知っている人を増やす工夫は有効であろうと感じます。
では、組織内で失われつつある対話を、どのように取り戻していけばよいのか。どのようにコモンセンスを形成し、増やすことができるのか。
後編では「対話」を再生させるための具体的な施策や、実践のポイントについて、引き続き小林さんに解説していただく。
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