Employee Experience(エンプロイーエクスペリエンス)という新しい概念をご存知でしょうか? 日本語では、「従業員体験」と紹介されることもあります。Employee Experience(通称「EX」)は従業員の満足度や、エンゲージメントを高めることを目的とする概念です。GoogleやFacebookをはじめとする多くの海外の企業では、EXを高める施策を積極的に取り入れています。
実際、2017年に発表されたHarvard Business Reviewによると、EXを充実させるために投資をしている企業の方が、そうでない企業に比べて4倍もの利益を創出していることがわかります。
(※参考記事:Why the Millions We Spend on Employee Engagement Buy Us So Little|Harvard Business Review)
今回は、EXの基礎知識からその実践方法まで、企業の事例と合わせてご紹介していきたいと思います。
目次
・Employee Experience(EX)とは?
・EXの向上が必要とされている背景
・EXを高めることに成功している企業例【3選】
・「Employee Journey」を用いた、EX向上の実践法
・さいごに
通称「EX」と呼ばれる、Employee Experience(エンプロイーエクスペリエンス / 従業員体験)とは、従業員が会社の中で働くことを通して得る全ての経験のことです。
(※参考記事:What Exactly Is The Employee Experience? | Forbes)
また、それらの経験を通して従業員が感じたこと・考えたことなどの、心理的・感覚な側面もEXに含まれます。
EXを向上させるための施策には、下記のようなものがあります。
・新しく入社した社員が早く職場に馴染めるよう、オンボーディングを強化する
・オフィスの設備を整えることで、職場をより働きやすい環境にする
・1on1を実施し、個人が抱えている課題の解決をサポートする
・社員への手当や、福利厚生を充実させる
・生産性を向上させるITツールを導入し、残業を減らす
EXの向上に取り組んでいる代表的な企業のひとつが、Airbnbです。同社では、採用から退職までの一連の流れの中で、従業員の体験を向上させることに成功しています。
(※参考記事:Airbnbが「最高の職場」を作れる秘密。従業員体験(EX)を上げるために使うツール5選)
ですが、なぜ今、EXの向上が必要とされているのでしょうか?
一言で言うならば、EXの向上なしでは競合優位性を保つことが非常に難しい時代になったためです。
現代では以下の3つの現象が、EXの向上が求められる理由となっています。
人生100年時代といわれる現代では、個人の人生プランの中に「転職」が既に選択肢として存在しています。それ故、いかに従業員を自社に定着させ、優秀な人材を引き止めるかが大きな人事課題となっています。「この会社で働きたい」と思ってもらえるEXを企業が作り出せるか否かで、結果は大きく変わってきます。
(※参考記事:60歳で転職? 人生100年時代、働き方の新常識 | NIKKEI SYLE)
労働力の減少に伴い、多くの企業が人手不足に悩んでいます。パーソル総合研究所と中央大学が共同で発表したデータによると、2030年には644万人の労働力が不足すると予想されています。人手不足を埋めるためには、従業員1人ひとりのパフォーマンスを上げる必要があります。「企業が、いかに従業員のパフォーマンスを高めるEXを主導的に作り出せるか」が人手不足時代におけるキーです。
(※参考記事:パーソル総合研究所・中央大学「労働市場の未来推計2030」)
インターネットの普及により、以前にも増して、その企業で働くことについての情報を簡単に知ることができるようになりました。EXにおいて先進的なアメリカでは、「Employee Expereince + 企業名」と検索するだけで、従業員が投稿したレビューを簡単に読むことができます。例えば、「Employee Experience Starbucks」で検索をしてみます。
このように、Indeedというサイト上だけでも38,500件ものレビューが集まっています。多くの求職者が、その会社で実際に働いた人の生の声を事前に確認していることが伺えます。日本でも同様に、情報開示の動きが急速に進んでいます。今後、企業は「この会社で働いてみたい」と求職者が思うようなEXを作り出す必要に迫れらていくと言えるでしょう。
では、実際にEXの向上に成功している企業は、どのような取り組みを行っているのでしょうか?
EXの向上を成功させている企業を3つご紹介致します。
Starbucks では、従業員に充実した学びの機会を提供しています。
大学の学費を従業員に支給することに加え、アリゾナ州立大学と提携することにより、80コース以上の授業をオンラインにて受講することが可能です。このような「充実した学びの機会」というEXを作り出したことで、企業への満足度やエンゲージメントを高めることができると同時に、従業員の能力を伸ばすことにも成功しています。
2019年にFORTUNEが発表したTHE WORLD’S MOST ADMIRED COMPANIESにおいて、Starbucksは
・飲食業界ランキングでは第1位
・従業員のマネジメント部門において第1位
を獲得しています。
(※参考記事:Starbucks offers workers 2 years of free college)
アウトドアブランドのpatagoniaでは、子どもの保育所をオフィスに設置しています。従業員が仕事と育児を並行して行うことを可能にし、EXを向上させています。
従業員が「patagoniaなら、育児と両立して安心して仕事に取り組める」という気持ちを抱くことで、企業への信頼を高めると同時に、従業員の定着にもつながっています。
実際、Great Place To Workが2019年に発表した従業員レビューによると、
・従業員の91%がpatagoniaが素晴らしい職場だと評価
・従業員の94%がpatagoniaで働いていることを他者に自慢できると評価
・従業員の93%がpatagoniaで働くことを通してしか得られない利益を得ていると評価
しています。
(※参考記事:Patagonia’s CEO Explains How To Make On-Site Child Care Pay For Itself)
世界的ホテルチェーンのHilton Hotelでは、2018年に、「従業員へのホスピタリティの徹底」を新たなEXの向上として打ち出しました。
具体的には、従業員のロッカールームの拡大や、従業員専用のカフェテリアの設置、控え室のインテリアの刷新などを実施。Hilton Hotelのミッションである「世界で最高のホスピタリティの提供」を従業員に浸透させることを狙いとしています。これらの施策の効果もあり、翌年2019年にFORTUNEが発表した100 Best Companies to Work Forでは、堂々の全体1位に輝いています。
(※参考記事:Hilton Hotels’ newest upgrades are strictly for staff)
では、上記の企業のようにEXを高めるためにはどうしたら良いのでしょうか?
EXを向上させるために、まず行いたいのが「Employee Journey(エンプロイージャーニー)」の設計です。Employee Journeyとは、従業員が入社してから退職するまでに企業の中で経験するであろう一連の出来事を、時系列順に可視化したものです。
(※参考記事:Why Your HR Team Needs Employee Journey Mapping | HR TECHNOLOGIST)
上記は、Employee Journeyの一例です。Employee Journeyは、以下の4つのステップで作成していきます。
Employee Journeyを作る上ではCustomer Journey(カスタマージャーニー)と同様、ペルソナの設定が必要となります。全ての従業員を網羅することは難しいですが、ある程度の従業員のモデルを作成することで、それぞれの従業員に対してより効果のあるEX施策を施すことができます。
従業員が入社してから退社するまでの一連の流れは、いくつかのフェーズに分けることができます。具体的には、以下のようなものが考えられます。
・入社
・オンボーディング
・配属
・就業
・育成
・評価
・退職
各企業により、採用のフェーズを含める場合もあれば、研修期間を含める場合もあります。
EXをより充実させるためには、各フェーズにおいて、設定したペルソナが取る行動や、期待値、感情を考える必要があります。
例えば、
・従業員が期待していること
・従業員が経験するであろう困難
・従業員の心情やモチベーションの変化
などを予想します。
以上の3つのステップを終えることで、EXを充実させなくてはいけない箇所を明確化することができます。例えば、「配置」のフェーズにおいて、従業員はスムーズに業務に移りたいと願っているが、マネージャの属人的な指導が横行しており、それを妨げてしまっていることが多い「育成」のフェーズにおいて、従業員は能力だけではなく、キャリアについても不安があるように思える
といった課題が見えてきます。このように、EX施策が必要とされているポイントを明確した上で、具体的な施策の設計を行うと良いでしょう。
EX向上のための施策を考える際には、以下の3視点が必要になります。
①業務の視点
②働きかたの視点
③感情の視点
(※参考記事:What Is Employee Experience and How Is It Different From Engagement?)
業務の視点では、従業員がしっかりと業務を全うすることを目指します。具体的には、
・従業員が抱える仕事の量
・仕事のレベル
・仕事を引き継ぐ際の手順
・意思決定するまでの流れの明確化
などを考慮したEXを設計しましょう。例えば、
・業務を適切に進めるためのマニュアルの作成
・業務を外注する部分と自社で取り組む部分の明確化
・上司から部下への定期的なサポート体制
・定期的な業務量に関するアンケートの実施
などが挙げられます。業務の視点を取り入れたEXを作ることで、従業員は円滑に業務を進めることができると同時に、業務に対する責任感や達成感を感じることができます。
働きかたの視点では、従業員が自社で働くことが生産的であり、価値あるものだと感じれるEXを作ることが求められます
例えば、
・個人の業務に集中できるスペースと、誰でも使用できるスペースに別れたオフィスを設計する
・家庭の事情などで在宅勤務をしたい従業員のための、リモートワーク制度を設ける
・お互いに助け合うことができるような、組織文化を醸成する
などが挙げられます。
感情の視点では、従業員同士や、マネージャーとの関係性に注目します。例えば、
・お互いに助け合うことができ、ストレスのない同僚関係
・尊敬できる、困った時は助けてくれるマネージャーの存在
・不満や不安を伝えることができる経営層との密な関係性
といった、人間関係から生じる感情です。感情は常に変化するため、組織サーベイや対話を通じてなるべく頻繁に従業員の気持ちを確認しましょう。
しかしながら、従業員に寄り添ったEXを作るために最も重要なことは「従業員の声に真摯に向き合うこと」です。人事・企業側が作り上げたEXが真に従業員に寄り添うためには、従業員のニーズにあったものである必要があります。届けるEXが独り歩きしないように、従業員の声には定期的に耳を傾けた上で、Employee Journeyを作成し、必要なEX向上施策を実行していきましょう。
今回の記事では、Employee Experienceについてご紹介しました。EXを充実させることは、最終的に企業の競合優位性を確保すること直結します。早め早めに従業員の声に耳を傾け、具体的な施策に移せるようにしましょう。